此の屋敷の供養塔

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 福岡市中央区荒戸3丁目の唐人町駅駐輪場の一角に「此の屋敷の供養塔」と刻まれた高さ50㌢程の小さな石碑がある。駐輪場以前にはここに屋敷があり、供養塔を建てなければならない程の不幸があったと想像され、以前から気になっていた。それにしても“屋敷の供養塔”とは…。来歴を調べたうえで紹介したいと思っていたのだが、一向にわからない。仕方がないので、謎のまま取り上げることにした。

 駐輪場の完成は1989年4月。その前年の88年、黒門川が暗渠化され、現在の黒門川通りが整備されるまでは川に面した土地だった。黒門川がまだ地上にあった1980年代前半の住宅地図で確認したところ、現在駐輪場があった場所には4棟の建物があり、一番北側の旧・黒門橋のたもとには飲食店らしき名前が記載されていた。だが、残る3棟は当時すでに空き家状態。供養塔建立の原因となった出来事は、この頃にはもう起きていたのではないかと思われる。

 そこで昭和時代に絞り、この界隈で大事件や事故が起きていないかを新聞記事データベースで調べてみたのだが、それらしきものは検索にかからなかった。もっと網を広げて調べてみる必要があるのかもしれない。

 福岡市中央区、博多区にある石碑やモニュメントの類いは『新修福岡市史 民俗編一 春夏秋冬・起居往来』(2012)に網羅されている。石碑の来歴などはこの本をめくれば、あらかた判明するのだが、困ったことに「此の屋敷の供養塔」だけは名前と住所と写真が掲載されているだけで、それ以上の情報は一切ない。市史の前文には「現時点で来歴の判然としないものは、それと分かる形容を案出しながら、モニュメントの存在だけを記載しています」とあり、さすがの市史執筆陣にも調べがつかない程の謎だったということだろうか。それとも、説明を憚るほどの闇が石碑の来歴にはあるのだろうか。


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コメント

非公開コメント

こんばんは、久しぶりに書き込みます。
これは気になりますね…
文字からみると、新しい石碑のように見受けられますね。
続報を楽しみに待っております。
福岡を離れて1年半が経ち、調べるお手伝いも何もできないのが残念です。

Re: タイトルなし

コメントありがとうございます。
おっしゃる通り、そんなに古い石碑ではないだろうと私も思います。
由来についての調査はかなり難航していますが、何とかスッキリした続報が書けるとうれしいのですが…。