芝生広場になった鴻臚館遺跡

IMG_4784.jpg

IMG_4778.jpg

 福岡城址にある鴻臚館遺跡が芝生広場として整備され、この春から市民に開放された。南側の1万平方㍍は一足早く2011年に芝生が張られていたが、1999年以来続いていた本格的発掘調査がようやく一段落し、北側1万3,000平方㍍にも広げられた。桜の開花時期に合わせて広場はオープンしたこともあり、格好の花見会場としてにぎわったようだ。

 少し気になるのは、早くも雑草があちこちに顔を出し、芝生を覆い尽くす勢いで育ちつつあることだ。南側は昨夏、セイタカアワダチソウが生い茂り、散策など到底不可能な状態になっていた。管理が行き届かないと、二の舞いになりかねない。(
「雑草で埋め尽くされた鴻臚館跡」

 この広場は今後どうなるのだろうか。昨年春に福岡市がまとめた「国史跡鴻臚館跡整備基本構想」、及びこの構想をもとに続けられている整備基本計画策定のための議論によれば、計画策定から7年後をめどに古代の地形を復元、15年後をめどに鴻臚館の建物を復元する方針が示されている。

 計画がまとまるのは今年度末の予定なので、鴻臚館が姿を現すのは順調にいって2032年頃ということになる。元号で言えば、平成44年。鴻臚館跡が、平和台球場の外野スタンド改修工事に伴い発見されたのは昭和末期の1987年12月。この時から数えれば、45年もの月日が経つことになる。ずいぶん遠大な話になった。

 鴻臚館とは飛鳥時代から平安時代後期(7~11世紀)にかけ、外交・交易・博多湾防衛等の機能を担った施設で、外国の使節らを宿泊・接待施設でもあったことから、一般的に“古代の迎賓館”などと呼ばれている。この跡地を含めた一帯に福岡城が造られ、廃城後は陸軍が駐屯、戦後になって平和台球場が建てられた。

 基本計画について話し合っている有識者からは、展示施設ではこれらの歴史についても取り上げるよう求める声が出ており、「中西太の場外ホームランのプレートを置いてほしい」という意見さえあった。鴻臚館の雰囲気にはそぐわないかもしれないが、個人的には賛成したい。
関連記事
スポンサーサイト
[Edit]

コメント

非公開コメント