能古島架橋は?

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 写真は山口県下関市豊北町の離島・角島と本土とを結ぶ角島大橋(2014年9月撮影)。コバルトブルーの海に架かる全長1,780㍍の長大な橋は『死ぬまでに行きたい!世界の絶景』で全国的にも有名になり、ミーハーな私も2度この橋を渡ったことがある。しかし、2度とも大渋滞に巻き込まれ、食事や観光はおろか、駐車場に車を停めることさえかなわず、ただ多大な時間をかけて島内を一周しただけに終わった。絶景は見るだけで十分だ。
 
 角島大橋が開通したのは2000年11月。それまで角島を訪れる観光客はわずかな釣り客だけだったが、橋の完成以降は激増し、年間50万人を超えた年もあったという。だからといって島に雇用が増えたわけではなく、以前は1,000人を超えていた人口は大台を割り、現在は800人台。橋が架かったことで島民が本当に喜んだのは「夜中に急患が出ても救急車が来てくれる」ことだと聞いた。

 離島が本土とつながると、かえって衰退が進むという話を確か藤原新也さんのルポで読んだ記憶があるが、そのルポは山口県内の別の島が舞台だった。これだけの絶景を持ち、現実に多数の観光客が押し寄せている角島ならば、雇用を生み出し、人口流出に歯止めをかけられるのではないかと部外者の私は無責任に思うが、現実には容易なことではないのだろう。

 福岡市の博多湾内にも能古島という離島がある(下の写真)。広さは角島とほぼ同じ4平方㌔弱で、人口はやや少ない700人台。約2㌔離れた対岸の西区姪浜とは市営渡船(フェリー)で結ばれており、15分ほどで行き来できる。基本的には漁業が生業の島だが、「のこのしまアイランドパーク」という行楽施設や海水浴場が島内にはあり、市民の憩いの場ともなっている。こうして比べてみると、角島と能古島には類似点が多い。今まで考えてみたこともなかったが、能古島ではこれまで、架橋を求める運動など起きなかったのだろうか。あっても不思議はない話だと思うが。

 福岡市議会サイトで公開されている1991年以降の会議録を当たってみたところ、能古島架橋に関しては昨年10月の決算特別委分科会で「能古島は住民の意識として、渡船ではなく橋をかけたほうがよいのでないかという議論も起きており」という発言があるだけだった。福岡市議会の会議録は本会議以外は発言者名が記録されていないので、誰の発言なのかもわからないが、この発言を信じれば、能古島民にも架橋待望論はあると思われる。

 しかし、根拠も何も示さない雑談レベルの発言であることを思えば、恐らく大きなうねりにはなっていないのだろう。フェリー2隻体制の市営渡船は1日23往復とかなりの充実ぶりで、海上タクシーも運航している。橋で本土とつながれば、車が増え、住環境が乱されると懸念し、アクセスは今のままで十分と考える島民も多いのかもしれない。

 話は少し変わるが、福岡市は先月8日から、能古島など市内8地区の市街化調整区域の規制を緩和し、レストランや宿泊施設、土産物店などの集客施設が立地できるようにした。3年前に150万人を突破し、今なお人口増加が続いている福岡市だが、これら8地区では人口減と高齢化が深刻。規制緩和により、地域の活性化を図ろうという狙いだ。道路など新たな公共施設の整備は伴わない、延べ面積は500平方㍍以下――といった条件があり、効果の程はわからないが、仮に成功の場合でも150万都市というバックグラウンドがあっての話であり、他の離島の特効薬にはならないだろうとは思う。


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