ジャピーが遭難した脊振山

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 せっかくの3連休にゴロゴロしているのも何だからと思い、海の日の18日、なぜか山に出かけることにした。行き先に選んだのは、福岡、佐賀県境にある脊振山(標高1,055㍍)。この山、山頂のすぐ下に駐車場がある。苦しい思いをせずに1,000㍍級の山に登り、眺めを楽しもうという甘い魂胆だったが、例によって情報不足だった。

 防衛庁による道路工事のため、なんと7月5日から9月22日までの79日間は山頂下駐車場への出入りや山頂への登山は禁止だったのだ。これには愕然としてしまったが、せっかく来たのだからとアンドレ・ジャピー遭難地点近くの道路脇に車を停め、周辺を散策することにした。山頂にも行くだけは行ってみようと登山道をたどったところ、幸いなことに祝日のため工事も休みで、山頂へ通じる石段を登ることができた。ただし、普段はやはり山頂へは登れそうにない様子だったので、念の為。

 なぜ、防衛庁が山頂などで道路工事を行っているかというと、脊振山頂一帯には航空自衛隊のレーダー基地があるためで、山頂では脊振神社上宮の鳥居の先に巨大なレーダードームが鎮座するという光景に出会える。工事の中身は基地進入路のアスファルト張り替えらしい。

 この脊振山頂には小学校6年生の時に遠足で登ったことがある。私が通っていた小学校は当時、6年生は4クラス。たまたまこの日は別の小学校(福岡市中心部にあった小規模校、ずばり名前を出せば大名小学校)も遠足で同じ場所に来ていた。山頂には200人を超える小学生がひしめき、弁当などを開いていたわけで、だから結構な広さだったと記憶していた。しかし、社会人になって初めて再訪した時、山頂は10~20人程で満員になるような狭い場所であることを確認し、自分の記憶のいい加減さに呆れたことがある。200人以上の小学生は山頂周辺一帯に散らばり、昼食を取っていたのだろう。

 ところで、アンドレ・ジャピー遭難地点とは何かと言うと、1936年11月19日、パリ~東京間を単独飛行中だったフランス人飛行家、アンドレ・ジャピー(1904~74)が山中に墜落、大腿骨骨折などの重傷を負いながらも、異変に気付いて駆けつけた脊振村(現在は神埼市の一部)の村人たちに助け出され、九死に一生を得た場所だ。

 経緯を簡潔にまとめた説明板が現地にあったので、その写真で説明に代えさせていただくが、1936年とは、日本初の国際空港、雁ノ巣飛行場が福岡に開港した年で、ジャピーは雁ノ巣を目指していたらしい。日本の航空黎明期の時代、恐らくは飛行機を見たことさえほとんどなかったであろう小さな山村の住民たちが事態を正確に把握し、迅速な救助活動を行ったことに感心する。80年前の昔話のようだが、これが縁で神埼市とジャピーの故郷、フランス・ボークール市は姉妹都市の縁組を結んでいる。一昨年にはジャピーの親族が遭難現場を訪れ、地元の大歓迎を受けるなど、ジャピー遭難に端を発した国際交流は今なお続いている。


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