入館者減が続く白秋生家



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 先日の連休に柳川に行き、柳川藩主の別邸「御花」や北原白秋生家などを巡ってきた。御花周辺は大勢の観光客で混雑し、次から次にやってくる川下り船はどれも満員。掘割沿いにある有名な鰻料理屋には順番待ちの長い列ができ、昼食時をかなり過ぎても並ぶ人は一向に減る様子がなかった。市が行った観光動態調査によると、柳川には2015年、136万人を超える入り込み客があったと推計され、過去最高を記録した。これを後押ししたのが外国人観光客(主に東アジアから)の増加で、昨年は10万人の大台を初めて突破し、約15万人に上ったという。なるほど御花周辺では自撮り棒を手にした人たちが目についた。

 一見、好調な様子の柳川観光だが、市の公表資料をもとに施設別の観光客数をグラフにしてみると、施設によって明暗が分かれていることに気付いた。年間利用客が一時30万人を割り込んだ川下りはここ数年、反転攻勢中で、昨年は39万人に迫り、かつての40万人台に近付いている。一方、御花、白秋生家は長期低落傾向。中でも白秋生家は2000年代初めまでは年間入館者が10万人を超えていたが、近年はようやく5万人台。ピークだった1991年頃には20万人を超えていたとも言われ、実に4分の1に激減していることになる。

 文豪の名前だけでは集客は難しい時代なのだろうか。私自身ここに入館するのは約10年ぶり2回目だが、前回も今回も「あまり関心はないが、入館料500円ぐらいだったら、ついでにのぞいておくか」というレベルの人間なので、偉そうには言えないが…。

 白秋生家は明治の造り酒屋で、入館時にもらった資料には「生家は明治維新前後の建物だろうといわれています。明治34年の大火で大半を焼失して、わずかに残った母屋も荒廃していましたが、先生の偉大な詩業を讃仰すべく昭和44年11月、これを復元して一般に公開されることになりました」とあった。

 付け加えると、生家が復元・一般公開されることになったきっかけは、当時の所有者が競売にかけようとしたことで、郷土の宝が失われることを恐れた市民らが全国に募金を呼び掛け、買い取ったという経緯がある。我が国におけるナショナルトラストの先駆けみたいなものだったのだ。現在は北原白秋生家記念財団管理・運営を行っている。

 敷地内には白秋の生誕100周年を記念して1985年、市立歴史民俗資料館も併設され、二つの施設に直筆原稿や写真、遺品などが多数展示されている。恐らく白秋ファンには興味深いものだと思うが、あまり展示替えは行われていないのではないかという印象を持った。10年前に入館した時の展示内容を覚えていたわけではないので、あくまでも印象に過ぎないが。

 なお、右肩下がりの入館者だが、2014年は55,005人で、前年の53,634人からわずかに持ち直している。増加の要因はこの年に放映されたNHKの朝ドラ『花子とアン』だったという。主人公のモデルとなった女性の出身校が東洋英和女学院で、同校の校歌作詞者が白秋という関係だったため、彼にもやや注目が集まった結果らしい。“風が吹けば桶屋がもうかる”的な理由だったわけで、白秋、または白秋文学そのものに関心が集まったのならば、入館者はもっと跳ね上がっていたことだろう。


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