比恵遺跡144回目の調査

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 福岡市博多区博多駅南4の駐車場建設予定地で、奴国の集落跡と思われ約1,800年前の竪穴式住居跡40基が見つかり、12日「歩いてみよう古代のムラを」と題した現地説明会があった。この一帯からは奴国時代の遺構のほか、ヤマト王権の外交・軍事拠点だった那津官家跡とみられる倉庫群など数々の遺跡が見つかり、総称して比恵遺跡群と呼ばれている。今回の集落跡の調査名が「比恵遺跡144次調査」であることが遺構の集中ぶりを物語っている。

 住居跡は中心部に炉、その両サイドに寝床を配した構造で、発掘調査担当者によると「弥生後期としてはオーソドックスなもの」。集落の性格は、農村ではなく交易拠点を担った人々のムラだったと思われるという。比較的近い時代の交易拠点のムラとしては、福岡市内では県立修猷館高校(福岡市早良区西新)の下に眠る西新町遺跡があるが、住居にカマド(オンドル)が備え付けられ、数々の半島系土器が出土した西新町とは違い、今回調査した集落跡には半島系の色彩は見られないと担当者は話していた。

 出土遺物は、煮炊き用の甕、肥後系ジョッキ形土器、鹿角製柄付き鉄製ナイフなどが紹介されていた。このうち肥後系ジョッキ形土器とは、取っ手が付いたジョッキそっくりの土器で、熊本で多く出土しているため肥後系という名前が付いているという。ただし、今回出土したものは取っ手が欠損していたため、ジョッキというよりはタンブラーという見た目だったが、どちらにしても酒を飲むにはピッタリという感じだった。『魏志倭人伝』には「歌舞飲酒」という記述があり、弥生人も酒を飲んでいたようだ。
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