旧法文学部本館取り壊し

IMG_6139.jpg

IMG_6137.jpg

IMG_5380b.jpg

 九州大箱崎キャンパスで旧法文学部本館の取り壊しが始まっている。旧帝国大学時代の校舎の一つで、1925年(大正14)完成。重厚な外観の建物だったが、大学側が設置した作業部会が2012年にまとめた調査報告では「老朽化が著しいため、寿命に達している」とまで断定され、解体は既定方針だった。だから何ら驚くことではないのだろうが、5日、たまたま近くを通り掛かって解体に気付き、90年以上の歴史を刻んできた建物の最期としては「余りにあっけない」と感じた。来年3月までにはこの場所も更地になる。(3枚目の写真が取り壊し前の旧法文学部本館。今年7月撮影)

 「九大近代建築物群の行方」でも取り上げたが、箱崎キャンパスには20棟以上の近代建築がある。九大や福岡市などからなる跡地利用協議会が保存を打ち出したのは、このうち旧工学部本館、本部第一・第三庁舎、門衛所の4棟と正門だけで、10棟は土地を購入する事業者の判断に委ね、旧法文学部本館など8棟は取り壊しの方針だった。近代建築の範疇に入らない校舎群はすでに次々と取り壊されており、箱崎キャンパスには更地が広がっている。

 実はこの現状に対しては学内外から疑問の声が出ており、昨年、産経新聞が「解体ありきではなく保存検討を」と記事で取り上げている。この記事によると、跡地再開発参入を検討している西鉄は近代的建築物の活用を視野に入れ、九大側に建物の解体延期を求める要望書を提出したという。また、学内の研究者からも「40㌶もの更地化を許せば『九大には歴史建築の重みを理解できる人間がいない』と笑いものになってしまう」と嘆く声が出ていたというが、九州ではほとんど部数の出ていない新聞のため、せっかくの問題提起もまったく顧みられなかったようだ。

 帝国大学時代の校舎群を設計したのは、建築課長だった倉田謙で、塔屋を中心に左右対称のデザインであることが共通している。一人の建築家が手掛けた建築物がこれだけ集中して残っている例は貴重らしい。倉田建築のうち、前述したように少なくとも旧工学部本館、本部第一・第三庁舎は保存される(門衛所は設計者不明)。古い建物を容赦なく取り壊してきた福岡の体質を思えば、全滅は免れたと喜ぶべきなのかもしれない。
関連記事
スポンサーサイト
[Edit]

コメント

非公開コメント