昭和の成人式

 タイミングを逸してしまったが、成人式の思い出話を。現在、福岡市では「成人の日」の式典は1会場(今年は博多区のマリンメッセ)だけで行われているが、私の時代は区単位で開催されていた。各区でどんな催しが行われるかを報じた当時の新聞記事を見つけたので、以下に紹介した。役所お仕着せではなく、新成人をまじえた実行委員会でプランを練ったらしいが、その割には(あるいはそのためか)どこも講演とコンサートばかりで、似たり寄ったりの内容だ。一部は講師までかぶっている。ただ、大規模ながらも非常に簡素な現在の式典と比較すれば、金はずいぶん掛かっていたと思われる。近年、“荒れた成人式”ばかりがクローズアップされ、式典不要論も勢いを増しているが、昭和の頃はまだ、若者が大事にされていた印象だ。

 ▽東区 テレビ朝日キャスター筑紫哲也さんの講演とフォークバンドのコンサート。成人の日に先立ち九州交響楽団のコンサートも。

 ▽博多区 式典前日の夜に43㌔を歩くナイトハイク。当日は斎藤文男・九大教授の講演とロックバンドコンサート。会場には体力測定やスピードガンコーナーも設置。

 ▽中央区 講演は西日本新聞の益田憲吉・解説委員長。他にフォークバンドのコンサートとチャップリンの『黄金狂時代』上映。

 ▽南区 福岡高校出身で、『高校大パニック』『狂い咲きサンダーロード』などで知られる映画監督、石井聡互さんの講演とロックバンド、リバーサイドのコンサート。

 ▽西区(現在の早良・西・城南区) 新成人の数が6,000人近いため、午前、午後の2回に分けて式典を開催。午前の部の講演はここも益田憲吉さん。午後はRKBの三善英毅キャスター。ここだけコンサートはなし。新成人には誕生日の新聞を配布、映画『アドベンチャーファミリー』(1977年の米映画)も上映。

 私が出席したのは南区の式典だが、高校卒業後に転居していたため、周りに友人・知人はゼロで、面白くもなんともなかった。現在は式典会場に自由に入れるらしいが、当時は事前に届いた招待状が必要で、嫌でも南区の会場に行かざるを得なかったのだ。だからと言うわけではないが、式典に関して辛うじて覚えていたのはバンドのライブがあったことぐらいで、このバンドがリバーサイドという名前だったことは記事を読むまで思い出せなかった。ちなみにアマチュアではなく、れっきとしたプロで、当時、大手時計メーカーのCMソングも歌っていた程だ。「♪君の時計になりたい 二人でチックタックしたいな」というフレーズが印象的な曲で、他にビートルズナンバー(『バック・イン・ザ・USSR』?)も披露してくれた記憶があるが、非常にあやふやなので、間違っているかもしれない。

 石井聡互さんの講演の方は、記事を読むまで石井さんの講演が行われていたこと自体を覚えていなかった。『高校大パニック』 の「数学できんが、なんで悪いとや!」という博多弁のセリフは高校時代に大流行し、当時の福岡では結構、注目されていた人物のはずだが、ここまで記憶ゼロというのは自分自身でも不思議だ。思い出話を書くつもりが、成人式の思い出などゼロに等しいことを自覚するという情けない結果になった。

 それにしてもこの時代はマスコミ関係者がもてはやされていたことに驚く。講師のうち、筑紫さん、益田さん、三善さんと3人を数え、斎藤・九大教授も地元マスコミのコメンテーターとして活躍された人なので、石井さん以外がマスコミ関係ということになる。ちなみに益田さんは“マスケン”の愛称と個性的な文章で福岡では知られていた人物。彼の書くコラム「マスケンのくるま座」というのが人気だった。
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