和布刈神事の思い出

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 関門海峡に臨む北九州市門司区の和布刈(めかり)神社で先月28日未明、航海の安全などを祈る和布刈神事が行われ、その模様がローカルニュースで報じられていた。烏帽子、狩衣姿の神職が真冬の海に入り、ワカメを刈り取るという厳かな儀式だが、北九州市に住んでいた20数年前、この神事を見物に行き、あまり厳かならぬ光景に出くわしたことがある。内情を暴露するのはよろしくないかも知れないが、あくまでも二昔前に私が体験した特殊事例だということで紹介したい。(上の写真は北九州市情報発信強化委員会の「北九写真ダウンロード集」からお借りした)

 冒頭に書いたように和布刈神社は関門海峡に面した場所にあり、神事は神社下の海岸の岩場で行われている。一般の見物客が海岸に下りるのは不可だったが、報道関係者だけは認められており、私が現地に着いた時、海岸にはすでに多数のテレビクルーやカメラマンらが陣取り、護岸の上からは岩場はよく見えない状況だった。

 「せっかく真冬の夜中に駆けつけてきたのに」と落胆していたところ、神職が意外なことを宣告した。これから神事を始めるが、同じ儀式を3回やるというのだ。1回目がテレビカメラ向け、2回目が新聞・雑誌社のカメラマン向け、そして3回目が岩場に下りることを認められていない見物客の撮影向けで、混乱なく誰もが神事を見ることができるようにという神社の配慮だったのだろう。

 厳かならぬ事態が起きたのは、1、2回目の儀式が滞りなく終わり、3回目が始まった時だ。「さあ、ようやく我々の番」とインスタントカメラを構えたところ、何と複数のテレビ局が平然と2度目の撮影を始め、視界を完全に遮ってしまったのだ。当然ながら、このルール破りに対して見物客から非難の声が上がったが、怒号渦巻くという事態にまではならなかった。恐らく伝統の行事を台無しにしてはならないという意識が見物客の側に働き、テレビ局側もこれにつけ込んだのだろう。このような傲慢な振る舞いは、インターネットが発達し、個人の情報発信力が強化された現在ではいくら何でも無理だろうと思う。

 この和布刈神事は、海峡対岸の住吉神社(山口県下関市)でも同日同時刻に行われ、こちらは非公開だが、和布刈神社でも大正時代初めまでは神職以外は誰も見たことがない神秘の儀式だったという。国会図書館のデジタルコレクションに収録されている『九州路の祭儀と民俗』(宮武省三、三元社、1943)という戦時中の出版物によると、地元では見ると目が潰れるという言い伝えがあり、神罰を被ってまで見物に行こうとする者は皆無だったとある。

 一般公開が始まったのは大正2、3年頃で、最初のうちは物珍しさで多数が詰めかけたというが、「何分冬空の寒い、しかも午前二時半頃から執行する極りとなっているので、物好きな者でない限り大抵の者は見たくても、行くを億劫がり、折角解禁となりながら其後毎年の神事は矢張浦淋しく、ひっそり行われているので在る」と筆者は書き記している。「見たくても、行くを億劫がり」とはまさに私の心情を言い当てた言葉で、北九州市には結構長く住んでいたのだが、意を決してこの神事に出掛けたのはたった一度だけだった。現在は毎年、多数の見物客を集めているようなので、念の為。
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