# 旧聞since2009

# カササギ

 福岡県筑後市の農村地帯で先日、カササギを目撃した。カメラを構える間もなく飛び去って行ったが、写真でしか見たことがなかったツートンカラーの印象的な姿を見ることができ、非常にうれしかった。もともと国内では佐賀平野とその周辺にしか生息していなかった鳥だが、佐賀県の調査では近年、佐賀平野では減っているものの生息域は周辺に拡大しているという。 福岡市にも生息しているようで、インターネット上にはかなりの目撃談が掲載されているが、残念ながら私自身はこの街では一度も見たことがない。ちょうど今は営巣時期らしいので、毎日のようにあちこちの電信柱を見上げているのだが。(イラストはフリー素材サイトPixabayからお借りした)

 カササギはカラスの仲間で、別名はカチガラス。文禄・慶長の役の際、武将が朝鮮半島から持ち帰り、佐賀平野に定着したとも言われるが、異説もある。この鳥について調べる中で、福岡市総合図書館の郷土資料室で興味深い文献を見つけたので、少し中身を紹介させていただきたい。1926年(大正15)発行の『福岡県史蹟名勝天然記念物調査報告書』にカササギの生態等に関する報告が掲載されているのだが、調査の苦労談が面白いのだ。

  調査を行ったのは川口孫治郎氏 (1873~1936)という研究者だが、野鳥の観察などという活動に対し、当時の一般人には 「金儲けにならぬことに彼程も時間と労力とを費やして遠方から観に来る筈がない」という偏見を持たれ、全く理解を得られなかったらしい。長期間観察を続けていたのに、最後の最後になって地元民たちにカササギの卵や雛を奪われ「幾週間積重の努力を一朝にして水泡に帰せしめられたること少からざりし事」と報告書には深い嘆きがつづられている。県が調査を行う際はこんな目に遭わないよう、調査に先立ち「町村一般の人々に向って、御調査の本旨を徹底せしめられ、小学児童にも篤と申聞かせ候はん事」と川口氏は訴えてもいる。

 この川口孫治郎という名前には、恐らく久留米方面では聞き覚えがある人が多いのではないかと思う。大正時代、旧制中学時代の明善校の校長を長く務め、教育者としても非常な尊敬を集めていた人で、この報告を行った時も校長在任中だった。鳥類研究者としても名高く、明治時代には絶滅したと思われていたトキを大正時代、佐渡島で再発見した人物こそが、この川口氏。彼がこの時に毛筆で著した『佐渡の鳥』には現代においても貴重な情報が数々記録されているといい、京都大で保管されていたこの資料を2012年、新潟大の朱鷺・自然再生学研究センターが復刻している程だ。

 川口氏がカササギについての調査を行ったのは、この当時、国内でのカササギの生態等について著した文献が全く見当たらなかったことも理由で、苦労談だけでなく当然ながら調査報告本文も面白い内容だ。中でも「此鳥は相応に人を識別する能力あるものの如く、人によりて之に警戒する程度を異にす」というところは愉快だった。高齢者や幼い子供にはほとんど無警戒なのに、害を加える意志を持った少年から壮年にかけての男性への警戒心は著しく、「彼等の眼は常に主として人々の眼に注がれつつあり」と、この鳥の賢さを川口氏は指摘している。

 また、カササギ保護のため、営巣場所となる大木は伐採するべきではなく、どうしても伐採する時は「相当の設備(例えば巣架けの為の柱状施設の如き)をなすの必要を見るに至るやも計られず」という提言には先見の明を感じた。都市化などで大木が減った現在、カササギが主な営巣場所としているのは、まさに“柱状の施設”である電柱で、佐賀県の調査によると、営巣場所の7割までが電柱だという。
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駄田泉

管理人:駄田泉
福岡の中小企業に勤める定年間近の中年オヤジです。物忘れが激しくなったため、ボケ防止のためにブログを書いています。主に福岡の情報を紹介していますが、タイトル通り、新しい話は何もありません。Twitterではたまに、胡散くさい情報を発信。