王塚古墳特別公開

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 福岡県桂川町の国特別史跡、王塚古墳で15日から始まった装飾壁画の特別公開に行ってきた。二つの石室(前室と玄室)の壁全体に様々な文様や騎馬の姿が5色で描かれ、「日本を代表する超一級の装飾古墳」と評価されている。上の写真はパンフレットに掲載されていた往時の姿だが、現実には壁画の劣化は激しいとも聞いていた。期待半分、不安半分で観察室のガラス窓から石室をのぞいたが、やはり情報通り全体的に色あせ、文様はほとんど判別できない状態だった。唯一、見分けることができたのは前室後壁の左側に描かれた黒い騎馬だけ。それでも名高い王塚古墳の壁画を初めて目にすることができ、満足はした。

 王塚古墳は6世紀中ごろに造られたとみられる前方後円墳で、復元された墳丘は全長86㍍、後円部の直径が56㍍。1934年(昭和9)、石炭採掘で陥没した田畑を復旧するために土を取っていたところ、偶然石室が見つかったと伝えられている。福岡県が1939年に発行した『福岡県史蹟名勝天然紀念物調査報告書・筑前王塚古墳』にその時の模様が記されているが、土砂採取業者は思わぬ石室の発見に工事をいったん中止し、再度石室をふさいで引き上げた。ところが、その夜のうちに地主が石扉を引き倒して石室内に侵入、副葬品を持ち出したという。調査報告書にはわざわざ地主の実名が敬称抜きで記されており、執筆者の怒りが読み取れる。

 1952年には国特別史跡に指定されたが、壁画や石室の劣化は徐々に進み、67年には石室崩壊防止のため鉄の支柱で補強する工事が行われる一方、いったんは見学厳禁となった。この時すでに壁画は“瀕死の状態”だったという。1993年に保存工事が完成し、これ以降、石室は外気とは遮断され、春秋の年2回、計4日間の特別公開時に観察室からの見学が許されるだけになった。観察室に入るにも分厚い金属製のドア二つを通り抜ける必要がある。

 特別公開とは文字通りの特別な機会で、私が現地に着いた時はすでに300人以上の考古学ファンが集まり、見学は1時間以上待ちの状況だった。時間をつぶすため、隣接地にある展示館「王塚装飾古墳館」(入館料は大人320円)に行き、原寸大の石室レプリカを見学してきた。発見当時の色鮮やかな壁画がここには再現されており、見学の機会が限られる王塚古墳に代わって、普段から人気を集めているという。(石室レプリカは下の写真参照。ここも写真撮影は禁止のため、パンフレットから複写した)

 冒頭で書いたように、本物の王塚古墳の壁画はもはや色鮮やかとは到底言えない状況だが、この古墳を紹介する記事では未だに「彩色豊かな壁画」などのフレーズを目にすることが多い。中には石室に入り、壁画を直に見たかのような記事さえ読んだことがある。これらの記事を書いた人たちがいったい何を見たのかは不明だが、現実には壁画は集中治療室の中で辛うじて命脈を保っているような状態だ。「装飾古墳の発見は劣化の始まり」とは観察室内で解説してくれた男性の弁だ。




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