吉武高木遺跡、史跡公園に

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 福岡市西区吉武の国史跡、吉武高木遺跡の史跡公園化整備が完了し、今月、「やよいの風公園」としてグランドオープンした。2012年4月にもこの遺跡の撮影に行ったことがあるが、まだ整備が始まる前で、休耕田同然の状態だった(「レンゲ畑の吉武高木遺跡」)。ここに「最古の王墓」や「早良王墓」と呼ばれる遺構が眠っているとは知っていても、想像力乏しい身には何の変哲もない田舎の景観にしか見えなかった。それから5年。4億2000万円の費用を掛け、休耕田は2.7㌶のきれいな公園に生まれ変わった。

 この遺跡は弥生時代中期(約2,200~2,000年前)のクニの跡で、「王墓」と騒がれた遺構は1985年の発掘調査で見つかった。木棺墓の一つから、三種の神器を思わせる豪華な副葬品(多紐細文鏡、銅剣、多数の勾玉・管玉など)が出土したのだ。一方で、近接する区画からは大量の甕棺墓が発掘されたが、この中には甕棺内に石剣の切っ先があり、体に刺さった状態で埋葬されていたのではないかと思われる例があった。恐らくは戦死者の墓だ。また、甕棺墓群からは鏡は1枚も見つからず、玉類の出土も極端に少なく、「王墓」とは明確な差があった。この遺跡は階級社会の出現を鮮明に示した、結構生々しい代物だったのだ。

 「クニの成立と展開を示した貴重な遺跡」として1993年には国史跡に指定され、福岡市は早くも99年には史跡公園整備計画を大々的に公表していたが、財政難のためか、あるいは度重なる市長交代のためか、計画は遅れに遅れて2012年に着工。ようやく今年、全面開園にこぎつけた。

 入口で出迎えてくれるのは、わらで出来たシカのオブジェだ。これは甕棺に刻まれていた2頭のシカの絵がモデルで、このシカは公園のシンボルマークともなっている。園内には「王墓」や甕棺墓群(甕棺ロードと名付けられている)、祭祀の場とも推定されている大型建物跡など重要な発掘地点ごとに説明パネルや復元した甕棺などが設置され、パネルを丹念に見て回れば、吉武高木遺跡の概要を学べる構成になっている。

 ただ、板付、金隈、野方遺跡、鴻臚館跡に併設されている資料館や発掘現場をそのまま保存した展示館などの施設はない。99年計画では大型建物跡の復元なども予定されていたが、今回の整備では見送られた。現在の財政事情ではこれが精いっぱいの整備ということなのだろう。4億2000万円という整備費は巨額だが、かと言って立派な資料館、展示館が建設できる程の金額でもない。福岡市にまた一つ、史跡公園が誕生したことは喜ぶべき話なので、箱物がないからと言って文句はないが、これからの季節を考えれば、園内にもう少し日陰は欲しいところだ。


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