雑餉隈は鉄道を拒否したのか

IMG_7402.jpg

IMG_7399.jpg


 「鉄道忌避伝説」なる言葉を恥ずかしながら最近知った。鉄道駅が市街地から離れている街が全国には少なくなく、これらの多くは宿場町だった例が多いという。「鉄道が通れば、人々が素通りするようになり宿場が寂れる」などと地元が駅設置に反対したためだと言われている。

 ここまでは良く聞く話で、私自身も実例を知っているが、ところが、これらの話には事実であることを証明する一次史料が見当たらない場合が大半だというのだ。しかも、現実の鉄道ルートは概ね地形条件に適合している。また、用地買収の問題を考えれば、建物の密集していない街はずれに駅が設置されたのは当然のこと。だから鉄道忌避は史実ではなく「伝説」。

 地理学者の青木栄一さんが2006年、『鉄道忌避伝説の謎』(吉川弘文館歴史文化ライブラリー)を出版して以降、一般にも知られるようになったが、青木さん自身は1980年代から、地域に伝わる鉄道忌避が伝説に過ぎないことを論文等で指摘し、この見解は研究者の間では広く支持されていたという。

 福岡都市圏でも、地元が鉄道敷設や駅設置に反対したという話がいくつか伝わる。代表例の一つが大野城市の雑餉隈(ざっしょのくま)だろうか。現在、福岡市博多区銀天町に雑餉隈という西鉄天神大牟田線の駅があるが、現在のJR鹿児島線・南福岡駅(博多区寿町)も開業時は雑餉隈という駅名だった。どちらも大野城市の雑餉隈からは、やや離れた場所にある。

 鉄道忌避の話に関係するのは、南福岡駅の方で、1889年(明治22)12月、九州鉄道の博多~千歳川(久留米の仮駅)間が開業した際、博多の次の雑餉隈は駅舎建設が間に合わず、同駅の営業開始は翌年1月にずれ込んだ。この理由について、『大野城市史』下巻・近現代編(2004)は、駅は本来、大野村雑餉隈に設置されるはずだったが、宿場町として栄えていた地元は冒頭のような理由で強硬に反対、やむなく九州鉄道側は急きょルートを変え、駅の場所も那珂村麦野に変更したためと説明している。ただ、駅名はすでに「雑餉隈」で決まっていたため反対派にも承諾してもらい、結果として雑餉隈ではない場所に雑餉隈駅が誕生することになったという。

 オフィシャルな市史に書かれている話だから、事実として信じても良さそうだが、厄介なことに伝説を事実として広めたのは概ね地方史誌だと『鉄道忌避伝説の謎』は指摘している。古老らから聞き取った話を、文献などで裏付けないまま記述し、これが事実として定着していったという。確かに『大野城市史』にも雑餉隈の鉄道反対運動についての出典は全く記されておらず、以下の1889年4月13日の福岡日日新聞記事が傍証として出されているだけだ。

 九州鉄道会社の博多久留米間の線路に就き先頃紛議起こりし処ろ、同会社技師小野琢磨氏と那珂御笠席田郡役所書記岡部圓蔵氏と立合の上、犬飼村(ママ現福岡市東区堅粕)より原田村(現筑紫野市原田)に至る迄の更生すべきは厚生を加え、二、三を除くの外は全て円滑に折合い落着したりと

 鉄道敷設を巡って何らかの問題があったことだけはわかるが、雑餉隈という地名は一切出てこないため反対運動を裏付ける資料にはなり得ないだろうと思う。また、そもそも鉄道敷設という大規模プロジェクトのルート問題が、一技師と郡役所の書記との話し合い程度で決着するはずがないと思うのだが。

 『九州鉄道会社史料集』『日本国有鉄道百年史』などもめくってみたのだが、雑餉隈駅の開業遅れについて『百年史』に「用地買収の遅れにより」と書かれていた程度で、反対運動に関する記述はなかった。だからといって、この程度の調べで雑餉隈の鉄道忌避も伝説だったと断言するつもりはないが、『大野城市史』の記述はもう少し検証されて良いのではないだろうか。

 とは言え、雑餉隈ではない場所に、なぜ雑餉隈駅が設置されたのかという謎は残る。九州鉄道・博多~久留米間の途中駅は、雑餉隈のほか、二日市、原田、田代、鳥栖。どこも宿場町だったことが共通しており、古くから知られた地名だったと想像される。なまじ栄えていたために用地買収が難しく雑餉隈から離れた場所にしか駅は設置できなかったが、駅名については無理を承知で雑餉隈にしたと思えなくもないが。


IMG_7429.jpg

IMG_7414.jpg

IMG_7413.jpg

 現在の大野城市雑餉隈。かつては7軒の旅館がこの道沿いに立ち並んでいたという。雑餉隈恵比須神社の縁起に、地域の歴史が紹介されている。なお、雑餉隈という難読地名の由来について、福岡藩の地誌『筑前国続風土記』は、酒食を商う店があったため、または大宰府の役人で雑務を取り扱った「雑掌(ざっしょう)」が住んでいたためではないかと推測している。
関連記事
スポンサーサイト
[Edit]

コメント

非公開コメント