トンカラリンを再訪したい

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 ずいぶん昔のことだが、熊本県和水町(当時は菊水町)にある謎の遺構トンカラリンを何かのついでに見学したことがある。当時は遺跡や遺構などにそれほど関心がなく、また、トンカラリンはこの頃、近世に造られた排水路跡だと考えられていたこともあり、ごく短時間、遺構の一部を眺めただけで、さっさと次の目的地に向かった。自宅からトンカラリンまでは九州自動車道を使えば、2時間あまり。さほど遠いわけではないが、その後は意外に再訪の機会がなく、あの時もう少し真面目に見学し、写真も撮影しておくべきだったと後悔している。(上の写真はウェブ素材集収録の資料写真)

 トンカラリンとは、全長440㍍あまりの巨大なトンネル状遺構。ただ、構造は一様ではなく、石組みのトンネルもあれば、地割れで出来た溝に石蓋をかぶせた箇所、溝のままの箇所もある。これだけの遺構の存在が公になったのは1974年のことで、この遺構がいったい何なのか、地元には文書記録はおろか、言い伝えさえ残されていなかった。唯一、伝わってきたのはトンカラリンという奇妙な名前だけだ。

 熊本県教委は1975年から77年にかけて緊急調査を行い、その結果は『菊池川流域文化財調査報告書』(1978)にまとめられているが、この中で、県文化財保護審議会委員の一人が近世の「谷の集・排水路」説を提唱し、これがいったんは県教委の公式見解ともなった。しかし、90年代に入って熊本県庁職員の一人が専門の農業土木の観点から個人的に調査を行ったところ、排水路と言いながら遺構の一部には水が流れた痕跡のないことなどが判明。排水路説は否定され、トンカラリンは再び謎の遺構に戻った、という経緯がある。

 ただ、前述の『菊池川流域文化財調査報告書』を読む限り、熊本県教委の調査担当者は排水路説に賛成していたわけでは全くない。当時有力だった信仰遺跡、排水路の2説について、調査結果をもとに今後、活発な議論が行われることを期待すると記しており、性急に結論を出す考えはなかったようだ。にもかかわらず、県文化財保護審議会委員の排水路説ばかりがクローズアップされたことは、「トンカラリンは、多くの歴史ファンに限りない夢と、歴史パズルの醍醐味を与えてくれた。そこにトンカラリン問題の本質があり」と評価していた調査担当者にとっては、むしろ残念な事態だったかもしれない。

 トンカラリンが公式確認された直後、謎の巨大遺構として考古学ファンの関心をかき立て、大ブームを呼んだが、排水路説が定着すると、このブームも一気に沈静化したと聞く。江戸時代の水路では大方の人にとっては面白みのない代物だったのだろう。排水路説が否定され、信仰遺跡説が有力となって以降、トンカラリンの人気は再燃しているという。私もようやく、この遺構について人並みに興味を持ち始め、築造者は何者なのだろうか、文献資料や言い伝えが全く残されていないことを考えれば、古代に築造されたものだろうか、などとあれこれ考えている。取りあえず現地を再訪し、今度はきちんと遺構を見たうえで、もう一度トンカラリンについて取り上げたいと思う。
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コメント

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こんばんわ

いつも楽しく見ています。
和水は地元も近いので大変興味深いブログでした^_^
再訪予定とのことですので楽しみに続きを待っています

Re: こんばんわ

コメントありがとうございました。
近いうちにトンカラリンを再訪したいと思っています。
それにしても面白い遺構ですね。多くの人が惹きつけられるのは当然だと思います。