ワシントニアパーム

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 この冬一番の寒さとなった12日午前、福岡市早良区のシーサイドももち海浜公園を散策していて、冷たい海風に葉をなびかせるワシントニアパーム(ワシントンヤシ)が目に付き、写真に収めてきた。宮崎市などでは南国ムードを演出している木だが、名前で想像がつくように実際は北米原産。意外に寒さに強く、氷点下数度までは耐えられると聞く。数十年前の中学時代、宮崎に修学旅行に行き、初めてこの木を目にした時は、少々大げさに言えば「ここは日本か!」と驚いたものだが、素性を知ってしまった今、福岡の人工海浜で寒風に耐えるワシントニアパームを見ても、南国情緒などかけらも感じられない。

 このワシントニアパーム、幕末、外国人によって長崎に持ち込まれたのが最初らしいが、宮崎では1960~70年代、街路樹として800本あまりが植えられた。発案者は、宮崎交通の創業者で「宮崎観光の父」とも呼ばれる岩切章太郎氏(1893~1985)で、岩切氏はワシントニアパームだけでなく、フェニックスやブーゲンビリアなどの植栽を進め、宮崎を彩った。岩切氏の観光開発の手法は、自ら「大地に絵を描く」と評した程、大胆なもので、岩切以前と以後とでは宮崎の都市景観は全く別物に変わったのではないかと思う。古い写真で確かめると、ワシントニアパームが植えられるまで、宮崎のメインストリート橘通りには街路樹はなく、市内の緑で目立っていたのは松の木だ。

 宮崎のほか、四国の高知や宇和島など、南国を売りにしたい多くの街でワシントニアパームは植えられたようだが、冒頭書いたように九州や四国程度の冬の寒さには十分耐える上、潮風や大気汚染にも強い。どの街でも高さ20㍍前後にまで生長し、剪定が大仕事になった。かと言って放っておけば、枯れ枝が強風で落下して危険というジレンマに陥り、伐採に踏み切った街も少なくないという。宮崎でも数年前、大木に育ったワシントニアパームの取り扱いを巡り、議論になったが、段階的に若木に植え替えることで現在の都市景観を守るという結論に落ち着いた。

 福岡市内にも実は街路樹として植えられたワシントニアパームが大木にまで成長している場所がある。博多駅と博多港とを結ぶ大博通のうち、呉服町交差点より北側では中央分離帯にワシントニアパームが植えられているのだ。普通に歩いていたら視界に入らない上、南国ならぬ福岡には似つかわしくない木のためか、今まで意識して見たことはなかったが、ビルの5階ぐらいの高さにまで育っている。恐らく20㍍前後はあるだろう。博多港の再開発計画に伴い、大博通りには新たな交通機関としてロープウェーを建設しようという奇怪な構想が浮上している。それでなくとも、これほどの高さまで育っているのだから、福岡でもいずれワシントニアパームをどうするかの議論が起きることだろう。

 ところで、大博通りのワシントニアパームはいつ植えられたのか。育ち具合を考えれば、宮崎とさほど変わらない時期に植えられたとも思われ、だとしたら、宮崎以前に地元・福岡でこの木を目にしていた可能性はある。全く記憶にないが。写真は上から、シーサイドももち海浜公園、宮崎市の橘通り(2016年5月撮影)、大博通り。
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