曳家で近代建築を移設

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 宮崎市の中心部で今月10日まで、推定で総重量3,000㌧もの近代建築を曳家で移設する工事が行われていた。予定より約1か月半遅れたものの、無事70㍍の移動が終わり、今後、基礎工事が進められるという。たまたま宮崎に行く用事があったため、10日、現場を見てきた。あいにく移動は終わった後だったが、ジャッキで浮いた状態の近代建築という滅多に見られないものを目にすることができた。

 この建物は宮崎県庁舎5号館(宮崎市橘通東1)。鉄筋コンクリート造り2階建て、830平方㍍で、外観は赤レンガで装飾されている。1926年(昭和元年)、宮崎農工銀行の社屋として建設され、農工銀が勧銀に吸収された後は(第一)勧銀宮崎支店として使用されていた。宮崎県庁本館(下写真)も1932年(昭和7)完成の堂々たる近代建築だが、これよりもさらに歴史ある建物だ。地元紙の記事には、1986年に県が取得し、2015年までは県文書センターとして利用されていたと書かれていたが、当初は県史編さん室が入居していたような記憶がぼんやりとある。例によって記憶違いかもしれないが…。

 曳家によって移動されることになったのは、道路沿いにある5号館の敷地に、大規模災害等に備えた防災拠点庁舎が建設されることになったためで、5号館は最初、いったん解体された後、奥まった場所に外観復元する計画だった。しかし、宮崎市内では数少ない近代建築とあり、3億7000万円余りを投じて建物丸ごと移動させることに方針転換したという。このあたりはネオ・ゴシック様式の県庁本館を大事に使い続ける宮崎県らしい判断だと思うが、県庁が古いから防災拠点庁舎が新たに必要になるわけでもある。レトロ建築の役所など非常に格好いいと思うが、危機管理の面からは別の評価もあるだろう。

 曳家は、建物を基礎から切り離した後、ジャッキで持ち上げ、鉄製の丸太の上に乗せて動かす、いわゆるコロの仕組みで行われた。昨年11月に作業がスタートし、昨年中には終わる予定だったが、途中で建物の向きを変える作業に慎重を期し、2月までずれ込んだ。先の地元紙記事によると、最初に北西に40㍍、建物の向きを反時計回りに100度回転させた後、さらに北に30㍍動かし、正面玄関は北向きから東向きに変わったという。5号館の使用が再び始まるのは2019年度末からの予定で、今度は展示スペースや会議室として使用される。展示スペースならば、一般人も入れるわけで、機会があれば、内部も見学してみたいと思う。

 蛇足だが、この5号館の並びに持ち帰り弁当店があり、宮崎に住んでいた頃によく利用していた。非常にボリュームのある弁当で、20歳代だったあの頃はそれがうれしかったが、さすがに今はしんどいかもしれない。弁当店は現在も健在。親族と5号館の話題で酒を飲んでいたところ、最後は弁当店の思い出話で盛り上がった。


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