わがままになって福岡から帰ったパンダ

 上野動物園で誕生したパンダの赤ちゃん、シャンシャン(香香)が大人気だが、福岡市動物園にも以前、中国から貸し出されたパンダの中にシャンシャンがいた。もっとも、こちらはオスで、漢字では珊珊と書いた。福岡に来た時はすでに25歳で、相方だったメスのパオリン(宝玲)も17歳と、結構な高齢カップルだった。パンダ来日はちょうど私が学生時代のことで、せっかくパンダが福岡に来たのだからと、同級生と男ばかり十数人で見に行ったが、可愛いと言うよりも「妙に堂々としているな」というのが正直な感想だった。

 シャンシャン、パオリンは福岡市と中国・広州市との友好都市締結1周年を記念して貸し出され、1980年4月1日から5月31日までの2か月間、特別公開された。期間中、福岡市動物園には現在の年間入園者に匹敵する約87万人が詰めかけるなど大変な人気を呼んだのだが、先日、古い新聞記事で、この2頭についての面白い後日談を読んだ。福岡から広州に帰ってきた2頭はわがままになっていたというのだ。

 新聞記事とは、
「続・樋井川河口にあったものは」で紹介したフクニチ新聞の連載記事『町名物語ルーツわが町』の「南公園、小笹、平尾」編で、これによると、広州市動物園に戻ったシャンシャン、パオリンの2頭は行儀が悪くなり、言うことを聞かなくなっていたという。原因は、福岡で厚遇され、甘やかされていたため。帰国前日の6月1日、広州市の飼育班が檻を用意するなど帰国準備を始めると、これに気付いたパオリンは食べていた竹を放り出して運動場を狂ったように走り始め、その姿は「帰りたくない」と駄々をこねているようだったとも記されていた。

 非常に面白いエピソードと思ったが、念のために公開当時の新聞記事等も当たってみたところ、シャンシャン、パオリンは福岡滞在中、決して甘やかされていなかったという記事も見つかった。前述のように、広州市動物園の飼育班が2頭と一緒に来日しており、彼らは午前9時を過ぎると、2頭のお尻を青竹でたたいて運動場に追い出し、汚れるとせっけん水をかけてブラシでごしごし洗っていた。貴重な動物だから、ガラス細工を扱うように飼育していると思っていた福岡市動物園の関係者は、あまりの手荒さに度肝を抜かれた程だったという。

 もっとも、この2頭のためにパンダ舎(寝室各20平方㍍と運動場が150平方㍍)を新設したり、広州産によく似た笹を毎日沖縄から空輸したりと、至れり尽くせりの待遇だったのも事実で、広州流のスパルタ飼育は同じながらも、どこかで居心地の良さを感じていたのかもしれない。また、2頭とともに福岡市動物園に派遣されていた飼育員が昨年6月、広州紙の取材を受け福岡での思い出を語っているが、インターネット上にある日本語版の記事には「広州は暑い。パンダは暑がりで、福岡のほうが涼しいから、パンダはそこがとても気に入っていた」とあった。わがままになって帰ったかは別にして、2頭が福岡を気に入ったのは、やはり事実のようだ。

 なお、パンダ貸し出しはもちろん無償というわけではなく、福岡市はお返しとして広州市にジェットコースターを贈ったという。この費用を賄うため、パンダ公開期間中の入園料は100円増しだった。
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