ヤフオクドームの飾り山小史

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 博多祇園山笠が開幕し、中央区のヤフオクドーム前にも恒例の飾り山が登場している。ただ、残念なことに、今年はソフトバンクホークス戦の観戦客が飾り山を目にする機会は少ない。山笠期間中、ヤフオクドームでの試合は1日に行われたロッテ戦だけだったのだ。しかも、その試合でホークスは良いところなく敗れ、山笠を勢いづけにとはいかなかった。遠征とオールスターゲームを終え、ホークスがヤフオクドームに戻ってくるのは、山笠閉幕後16日の西武戦になる。

 今年の標題は「躍進玄海鷹」で、山笠人形のモデルは、千賀―甲斐の育成出身バッテリーだ。昨年はなぜか「投の若鷹」「打の若鷹」と選手の具体名がぼかされたが、今年は元通り、旬の選手をモデルに人形が作られた。似ているか似ていないかは見る人次第だが、やはり伝統の祭りに自らの人形が登場するというのは、選手にとっても励みになるのではないかと思う。

 ヤフオクドーム前の飾り山が初めて作られたのは、ホークスが福岡で初優勝した翌年の2000年で、この年以来、王、秋山、工藤の歴代監督、その時々の中心選手に加え、球団マスコットのハリーホーク、ソフトバンク携帯のCMで人気のお父さん犬などが球場前を彩ってきた。このブログでは2010年以降、ヤフオクドームの飾り山を紹介しているが、主役に選ばれた選手を振り返ると、10年が川崎、11年が攝津、細川、12年が森福、本多、13年が大隣、内川、14年が松田、長谷川、15年が柳田、16年が武田、今宮。すでにホークスを去った選手も4人いる。

 意外なことだが、飾り山の「表」は、初めの頃は伝統的な時代物で、ホークスは見送り(裏側のこと)だった。2000年の標題は、表が「決戦巌流島」、見送りが「めざせV2」。「めざせ」が平仮名で表記されているところを見ると、この時のホークスの飾り山は、アニメや特撮物などと同様、“子供向け”の扱いだったのだろう。01年もホークスは見送りで、02年に初めて表に昇格するが、この年はホークス選手を戦国武士に見立てた「決戦誉鷹城」という異色作だった。03年は再び見送りに戻り、表が定位置となったのは04年以降のことだ。

 時代物の題材は、球場がやはり戦いの舞台であるためか、歴史上でも有名な戦いが選ばれることが多い。中でも人気なのは、九州最大の合戦と言われる筑後川の戦い(大保原の戦い)だ。05年「勇姿凜々剣洗川」、14年「合戦大保原」、17年「雄姿凜々剣洗川」と、19年間で3度も登場しており、05年と17年はタイトルまでほぼ同一だ。南北朝時代、南朝方の懐良親王、菊池武光、北朝方の少弐頼尚らが両軍合わせて総勢10万の軍勢を率いて激突した戦いで、合戦後、菊池武光が血塗られた刀を川で洗い、これが今に残る大刀洗の地名の由来と言われる。続いて標題として多いのは、壇ノ浦の戦い、桶狭間の戦いの各2回で、ちなみに今年は「攻防千早城」(写真2枚目)だ。

 ヤフオクドーム前のホークスタウンモール跡地では現在、今秋のオープンを目指して新商業施設・マークイズ福岡ももちの建設が進んでいる。来年以降は、ヤフオクドームで試合やコンサートなどのイベントがない時でも、一帯は多くの人でにぎわっていることだろう。逆に言えば、現在は試合などがなければ、人が行き交う場所ではない。冒頭書いた話とだぶるが、福岡を代表する夏祭りの開催中であり、ドーム前にはせっかく豪華な飾り山も建てられているのだから、多くの人の目に触れるよう、試合日程にはもう少し配慮があって良かった気がする。
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