赤く塗られた頭蓋骨を見て人骨標本の空騒ぎを思う

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 福岡市博物館の企画展示室に現在、赤く塗られた頭蓋骨が展示されている。西区にある千里大久保遺跡の発掘調査で、5世紀に造られた円墳から出土したもの。赤く塗られているのは、魔よけの意味とともに、顔料に防腐効果があるためで、顔料の正体は分析の結果、ベンガラと判明したという。上の写真は60歳代ぐらいの男性で、下は40~50歳代の女性。支配階級だけあって、30歳ぐらいとされる古墳時代人の平均寿命をどちらも大幅に上回っている。こんな頭蓋骨を日常生活で目撃したら恐怖を感じることだろうが、博物館や資料館で見ると、考古資料の一つに過ぎない。形態人類学の素養などかけらもないのに、撮影してきた写真を眺めては頭蓋骨の素性などについて、あれこれと想像を膨らませている。

 頭蓋骨と言えば、昨年から今年にかけて全国の学校で本物の人骨標本が相次いで見つかり、騒ぎになった。「怪談」などと煽るネットメディアもあったようだが、これだけあちこちの学校にあったのだから、本物の人骨を使った骨格標本が昔は当たり前にあったと考えるのが普通だろう。実際に一部新聞には「昭和40年代頃までは販売していた」というメーカーの証言が載っていた。通販サイトで確かめたところ、実物大の骨格模型は現在、数万円から十数万円程度で販売されているようだが、ひょっとしたら精巧な模型よりも本物の人骨標本の方が手に入りやすい時代もあったのではないだろうか。

 今回の騒動で思い出したのが、2年前、大分県を震源地に起きた神社の砲弾騒ぎだ(
「突然起きた神社の砲弾騒動」)。神社に奉納されていた古い砲弾が、突如として「不発弾ではないか!」と危険視され、回収騒ぎが起きたというもので、この時も一部新聞は過去に起きた不発弾爆発事故などを持ち出し、いたずらに不安を煽っていた。

 しかし、騒動の際に調べたところ、戦前、陸海軍が「軍事思想啓発」のため砲弾などの廃兵器を自治体や学校などに下げ渡していたことがわかった。また、騒動当時の報道によると、日清・日露戦争に従軍した兵士が戦勝記念として地元の神社に奉納したケースもあったという。どちらにせよ、見つかった砲弾の多くは単なる戦時資料だったと思われる。少なくとも、回収された砲弾に爆発の恐れがあったという報道にはその後接した記憶はない。

 二つの騒動に共通していることは、標本や砲弾の由来について、記録が全く残されていなかったことに加え、それが何かを知る人さえいなかったということだろう。正体がわからなければ、特に砲弾は危険物なのだから、騒ぎになるのも無理はなく、逆に言えば、きちんとした記録が残されてさえいれば、二つの騒動は起きなかったのではないかと思える。

 グーグルやヤフーの検索窓に言葉を入力すれば、知りたい情報が得られる、ありがたい世の中になった。しかし、このブログを始めて痛感するのは、非常に当たり前のことではあるが、だからといってネットで得られる情報はまだまだ限られているということだ。お陰で昔はさして縁のなかった県立図書館や福岡市総合図書館に文献を求めて足しげく通うようになった。それでも目指す文書資料を見つけることができないケースがほとんどで、存在の有無さえわからないことも多い。媒体はなんであれ、わかりやすく記録するのは大事なことだとつくづく思う。
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