旧聞since2009

宮崎に帰省した

 地鶏「ぐんけい」、「おくのうどん」、磯料理「鬼扇」、懐石料理「あじ咲く」、「一平」の元祖レタス巻き、「わらべ」のチーズ饅頭……。妻の実家・宮崎市に3月上旬、帰省した。宮崎滞在は3日間だけだったが、「ぐんけい」を始め、紹介した食べ物を食べた。「おぐら」のチキン南蛮は行かなかった。夕食にはひんぱんにチキン南蛮を食べており、もういいかなと思った次第だ。 帰省初日、千葉県印西市には雪が降っていた。飛ぶかな...

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4年ぶりのTwitter

 4年ぶりにTwitterをした。2020年8月15日を最後に更新を止めていたが、これには訳があった。8月末、脳梗塞を患い入院、6か月後に退院した。しばらくたってパソコンの前に座ると、パスワードがきれいさっぱりと失われていた。ヤフーもグーグルもTwitterもアマゾンも、あげくのはてはスマホのパスワードさえも、どうしても思い出せない。 家族がスマホを買い直した。2014年秋から使い続けているアイフォン6は惜しいが、やむを...

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再発した脳梗塞

 2024年1月6日朝、脳梗塞が再発した。 妻が朝食が出来たと言うので、何等かの返事をし、ろれつが回っていないと言い出した。大学病院でMRT、血液検査などの診断を受け、脳梗塞の再発が分かった。ただし、主治医が脳内の損傷は小さいといい、「入院は1週間。あとは自宅に帰るか、リハビリ専門病院」と言っていた。2020年8月の脳梗塞では救急車で運ばれた病院で2か月、リハビリ専門病院では4か月かかり、勤務した会社も退職...

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成田の航空科学博物館

 千葉県芝山町岩山の航空科学博物館に出かけてきた。成田空港南端から約400メートルの隣接地にある。地元芝山町が国に成田空港関連要望として博物館を要望し、1989年に開館した。航空科学振興財団が運営している。来たかったところだ。家族は「古びている」と不満そうだったが、国内最初の航空博物館として展示物を満喫した。 1、2階が展示室、3階が展望台、4階がレストラン、5階が展望塔。ボーイング747-400大型模型を目...

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45年ぶりに行った松本市、12年ぶりの横浜市

 長野県松本市に10月、行った。妻が「牛乳パンが食べたい」と迫られ、次男の車で向かった。交通渋滞はひどいものだった。目当ての店にたどり着くまで、恐らく10分程度だったが、ほぼ1時間がかり。松本市の目的は①牛乳パン②お土産③松本城だったが、第三希望をパスした。牛乳パンは、バタークリームをホイップしてパンで挟んだもの。パンはうまかった。 同市は、45年ぶりの訪問だった。受験生の頃(私は現在63歳)で、松本駅をバ...

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1973年に建てられた開拓記念之碑

 草深稲荷神社(印西市草深)から西へ5分程のところに原青年館があり、『開発記念之碑』がある。千葉ニュータウンの造成に伴うもので、船穂開拓農業協同組合によって1973年2月に建てられた。1945年、印旛飛行場跡地の開拓から28年。船穂開拓農協の組合員約90人にはどのような思いでいただろうか。  1945年11月、緊急開拓事業実施要領に閣議決定され、時を同じくして印旛飛行場跡地に開拓の槌音が響いた。終戦直後の食糧難の時...

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野菊の墓文学碑

 中学生の頃、『野菊の墓』(伊藤左千夫)を読んだことある。政夫と民子のはかない恋、民子の悲劇的な結末……。同世代の若者が深く思いあっていると知り、感動した。この時、私小説を知った。思いのほか近くに野菊の墓文学碑があると聞き、出かけた。 松戸市下矢切、西蓮寺裏の境内にあり、「僕の家といふは、矢切の渡しを東へと渡り、小高い岡でやはり矢切村と云っている所」という書き出しで始まる。碑には「昭和三十九年十月」...

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2014年に消えた草深原

 印西市に民話がある。その一つに「草深原(そうふけっぱら)の狐」があり、菓子屋が狐に化かされる話で、印西牧の原駅の南北両口に掲示してある。昔のことと勘違いしていたが、草深原をネットで見つけた。ジョイフル本田(複合スーパー)の北側のあたりで、UR千葉ニュータウン(県有地)が2014年建設、業者が住宅地を建設した。つまり草深原は9年前に消えたのだ。 学術的な貴重な自然環境であったようだ。毎日新聞によると、「...

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室見川河口のオイルフェンス

 福岡市の室見川河口のオイルフェンスが設置されている。先月28日、パナマ船籍の貨物船「レディーローズマリー」が博多湾防波堤に衝突して乗り上げた。流失した油が漂っており、オイルフェンスは予防のためだろう。 昨年8月、脳梗塞で倒れた。右半身の麻痺のため、ここまで書き上げるのに2時間。コメントありがとうございます。ご容赦ください。...

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補習をさぼり人吉の図書館で過ごした高2の夏

 JR肥薩線(八代~隼人、124.2㌔)が、令和2年7月豪雨で二つの鉄橋が流出するなど大きな被害を受け、八代~吉松間86.8㌔が不通となっている。全線が非電化単線の典型的なローカル線だが、明治、大正時代の鉄道施設が数々残り、近代化遺産、産業遺産とも呼ぶべき路線でもある。一方で、過疎化により、平均通過人員(1㌔当たりの1日平均利用客)はJR九州の全路線の中でワースト、年間の赤字額は全線で12億円近くにも上っていた...

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インカ・ショニバレの『桜を放つ女性』

 1年ぶりに福岡市美術館内をぶらぶらしたところ、私には理解しがたい現代美術が並ぶ一角に、ずいぶん派手な作品が展示され、異彩を放っていた。色鮮やかなドレスをまとった女性がライフル銃を撃つ場面を表現したものだが、銃口から飛び出しているのは満開の花を咲かせた桜の枝で、女性の頭部は地球儀になっている。インカ・ショニバレさんという英国の現代美術家の作品で、タイトルは『桜を放つ女性』だ。 昨年春、国内初となる...

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ベスト電器西新店、8月末で閉店へ

 福岡市早良区西新4丁目にあるベスト電器西新店が8月末で閉店することになり、現在、完全閉店セールが行われている。「完全閉店」とわざわざ銘打っているぐらいだから、建て替えではなく、この場所から撤退するのだろう。プリンターのインクや電球、メモリーカードなど、急ぎで必要な品を買うのにかなり重宝していた店だった。型落ちの家電が結構な安値で売られている時もあり、単身赴任準備のために掃除機や冷蔵庫などを買った...

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貝塚公園のSL9600形、今年で満100歳

 福岡市東区の貝塚公園で、SL9600形の49627号機が保存、展示されている。「キューロク」の愛称で親しまれた大正時代の主力機関車で、49627号機は1920年(大正9年)に製造されたというから、今年で満100歳になる。現役時代は筑豊地区で石炭列車を牽引するなど活躍、68年に廃車となると同時に、貝塚公園で余生を送ることになった。それから半世紀以上がたった今も、堂々たる姿をとどめてはいるが、塗料はあちこちはげた状態だ。 ...

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大濠花火大会復活の可能性は

 先日、久しぶりに福岡市中央区の大濠公園に行き、観月橋などの写真を撮ってきた。今月初めに取り上げた名島橋と名島川橋梁について調べた際、大濠公園にある5基の橋のうち、4基は昭和初期の1927年完成で、福岡市内では有数の古い橋だと知って急に興味を覚えたのだ。 5基の橋とは、池の中央にある中島に架かる全長106㍍の観月橋(写真1、2枚目)など4橋と、黒門川に架かる同22㍍の舞鶴橋(写真3枚目)で、中島に架かる4橋...

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消えゆくランドマーク、西日本シティ銀行本店

 解体前に写真を残しておかなければ、と思いながら、つい後回しにしていた西日本シティ銀行本店ビルの写真をようやく撮影してきた。1971年に旧福岡相互銀行の本店として建設された建物で、設計は、世界的にも著名な建築家、磯崎新氏。博多駅前のランドマーク的存在だったが、建て替えにより姿を消すことになった。西日本シティ銀のニュースリリースには、6月から解体開始とあったので、「機会を逃したかもしれない」と一抹の不安...

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コロナ禍で延期、山笠のない博多の夏

 例年ならば博多の旧市街をはじめとする福岡市内の各所に飾り山笠がお目見えし、間もなく舁き山笠も動き始める季節になった。しかし、今年は新型コロナ禍で博多祇園山笠の開催自体が延期となり、当然ではあるが、博多の街にはあるべき活気が感じられない。唯一、櫛田神社の飾り山笠だけが新たに制作され、7月1日にお披露目されたが、標題は、表が「清正公虎退治誉」、見送り(裏)が「桃太郎鬼退治誉」。どちらも「退治」なのは...

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名島橋と名島川橋梁、長大アーチの競演

 福岡市東区の多々良川河口に架かる名島橋の写真を撮影してきた。九州の大動脈、国道3号線の橋でもあり、車で渡ったことは数限りなくあるが、徒歩で渡ったのは多分初めてではないかと思う。1933年(昭和8年)に完成した7連アーチの鉄筋コンクリート橋で、一昨年には国の登録文化財にもなっている。長さ約204㍍、幅は約24㍍。車道は片側3車線で、両側には広い歩道もある。昭和初期に完成した橋としては破格のサイズだ。この橋...

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