2014/07/18
土手町拘置支所はどこにあった
2012年2月に「福岡拘置所史」という記事を書き、この中で福岡市土手町(現在の中央区大名2丁目付近、写真)に1916年(大正5年)から1965年(昭和40年)まで、福岡刑務所土手町拘置支所があったことを紹介した。土手町拘置支所は1965年、福岡刑務所が郊外の宇美町に移転した際、その跡地の一部に移った。これが現在の福岡拘置所だ。以上の記述は『福岡刑務所史』(福岡刑務所、1977)を参考にしたのだが、では、土手町拘置支所は中央区大名2丁目のどの辺りにあったのか? 不思議なことに、大正~昭和期の地図を見ても一切記載がないのである。
手元にある1948年(昭和23年)の福岡市街図によると、土手町には西から順に裁判所(福岡地裁)、内務省土木出張所、大名小学校が並んでいるが、拘置支所(この当時は刑務支所)はない。福岡県立図書館が公開している近代福岡市街地図で、これより古い大正や昭和10年代の地図を見ても同様。土手町だけでなく、これらの地図を隅から隅まで探してみても、やはり土手町拘置支所の前身に当たる施設は見当たらないのである。思い悩んでいたところ、たまたま読んだ古い事件記事に拘置支所の場所に関する記載があった。
事件とは1961年5月28日、白タク運転手を殺害して売上金を奪った事件で公判中だった当時20歳の被告(以下、Kと表記)ら5人が、問題の土手町拘置支所から脱獄を企てたというものだ。1階の雑居房に収容されていた5人は厚さ5㌢のコンクリートの床を、やはりコンクリート製の洗面台で破壊した後、トイレのくみ取り口を通って中庭に逃れた。そして、“隣接する福岡地裁の屋根伝いに”逃走を図ったという。
つまり拘置支所があったのは福岡地裁の隣、しかも屋根伝いに逃げようとしたのだから、両者の建物はかなり近接して建っていたのではないかと思われる。恐らくは、地図では裁判所だけが記された場所の一角に拘置支所もあったと考えて間違いないだろう。1948年の地図では裁判所敷地は非常に狭く感じられるが、現在では中央区役所や複数のマンション、商業ビル、立体駐車場などが建ち並ぶ一角で、裁判所と拘置支所を収容するぐらいのスペースは十二分にある(一番下のGoogleマップ参照)。現在の中央区役所付近に裁判所があり、その西隣に拘置支所があったのではないだろうか。
「福岡拘置所史」を書いた際にまとめた関係年表を一部加筆して以下に再掲する。
- 1913年 福岡監獄が福岡市須崎浜から早良郡西新町藤崎(住所表記は異なるが、ほぼ現在の福岡拘置所所在地)に移転。須崎浜は女性の受刑者や未決囚らを収容する出張所として残る。
- 1916年 須崎浜出張所が福岡市土手町に移転し、福岡監獄土手町出張所となる。
- 1922年 福岡監獄が福岡刑務所に改称。土手町出張所は土手町刑務支所に。
- 1948年 福岡刑務所に新刑場が完成し、死刑執行が可能に。これ以前は広島刑務所に移送し、ここでは行われていなかった。死刑執行刑務所指定は翌年。
- 1965年 土手町拘置支所が福岡刑務所本所敷地内に移転する一方、本所は福岡県宇美町に移転。
- 1967年 土手町拘置支所が福岡拘置支所に改称。
- 1996年 福岡拘置支所が福岡拘置所に昇格。
脱獄事件の顛末を記しておくと、5人のうち3人は気付いた看守によって拘置所内で捕らえられたが、Kと窃盗犯の2人は拘置所の高さ5㍍の塀を乗り越え、脱獄に成功した。記事には詳しく書かれていなかったが、あるいは裁判所の屋根から飛び降りたのではないだろうか。しかし、窃盗犯は1時間後には逮捕され、間もなくKも金を無心するため福岡市内の友人宅に現れたところを、張り込んでいた警察官に取り押さえられた。
殺人未決囚の脱獄(未遂)騒ぎは福岡ではその後も起きており、このブログでも熊本大学生誘拐殺人事件の田本竜也(「死刑囚脱獄未遂」)、マルヨ無線事件の尾田信夫(「尾田信夫の行動力」)が起こした事件を過去に取り上げている。
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コメント
No title
ドラマや映画ではよくあることですが・・・・
実際にちょこちょこと起こってるとは
ドラマなどと実際の事件の違いは 実際の場合すぐに確保されてしまう ドラマでは通行人から身ぐるみ剥いだり車奪ったりでにげまくることでしょうかね・・・・
Re: No title
こうやって並べると、確かに福岡では未遂を含め脱獄事件が何度か起きているようですが、全国的にはどうなのでしょうか。
2012年に広島刑務所から中国人受刑者が脱獄した事件は覚えていますが。
No title
この前取調べ中の強姦魔が逃走する事件で
大騒ぎでしたよね・・・・ 川崎でだったかな
Re: No title
福岡で比較的近年(と言っても10年前)に起きた脱走騒ぎは、検察庁での取り調べの際、被疑者が監視の警察官のスキを見て逃走したというものでした。逃げたのは大牟田4人殺しで後に死刑判決が確定した北村孝死刑囚です。
殺人未決囚などの凶悪犯が脱走するケースは、おっしゃる通り取り調べの際、つまり警察の失態が原因というケースが多いような気がします。
No title
逃走してもほとんど捕まりますからね・・・・
あまり逃走する意味ないでしょうね
拘置所の隣に住んでいた親父に色々と聞かされていました。
Re: タイトルなし
再び記事を書く際にはぜひ参考にさせていただきます。