的氏は古代浮羽を治めていたのか

2016年12月14日
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史跡探訪
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 「山苞の道は古墳ロード」の中で、古墳時代終焉期としては九州最大の前方後円墳「田主丸大塚古墳」(国史跡、久留米市田主丸町)の被葬者が的臣(いくはのおみ)の首長ではないかという説を取り上げた。のんきに「“的臣の墓”であるよりも“謎に包まれた古墳”である方が個人的には魅力を感じる」と書いたが、考えてみれば、的(いくは)という到底読めない氏族名を持った古代豪族が何者だったのか、恥ずかしながら知らない。どんな氏族だったのだろうか。

 まず、田主丸大塚古墳が的臣の墓だという説があるのは、的氏が田主丸を含めた古代の浮羽(生葉、以久波とも表記)を治めていたと思われるためだが、これを記録した文献が残っているわけではない。氏族名と地名の読みが近い、または一致することからの推測にすぎない。

 もともとは畿内豪族だったらしく、『国史大辞典』(吉川弘文館、1979)には「いくはうじ 的氏 古代の有力氏族。臣(おみ)を姓(かばね)とする。『古事記』は、建内宿禰の子葛城長江曾都毘古(そつひこ)の子孫とする。『新撰姓氏録』河内・和泉・山城条にもみえる」とあった。さらに、氏族名は地名に由来すると思われること、宮城十二門の中に「的門」があり、軍事を職掌とした氏族と考えられること、欽明天皇の時代に任那に駐留したとされるなど朝鮮半島との関係が深いことが列挙されていた。一方で、浮羽と関連づける記載は一切ない。

 この項目の執筆者は、古代史を専門とする歴史学者、直木孝次郎氏(大阪市立大名誉教授)だったので、同氏の『的氏に関する一考察』(1961)を読んでみた。内容的には『国史大辞典』の記述をさらに詳しくしたもので、大辞典の説明ではわかりにくかった宮城十二門のくだりについては、平城京の十二門は氏族の名前を冠しており、これらの氏族は宮城警護に当たっていた、すなわち軍事的氏族だったと考えられると説明されていた。

 氏族名の由来となった本拠地については、直木氏は筑紫八女県的邑、筑後国生葉郡をはじめ、尾張、淡路の各地にある“イクハ”を挙げながらも、「これらの地名は、的臣と関係があるとはいえない」と一刀両断。代わって<1>文献資料に見られる的氏の分布地域は河内、山城、近江、播磨に限られ、中でも分布の中心は河内、山城<2>同族とされる氏族の大半が畿内か近国の地名を負っている――等の理由から畿内豪族だったとしたうえで、本拠地は軍事上の要地であり、水運の便に恵まれていた河内地方の大和川流域だったと提唱している。ただし、肝心の“イクハ”地名はこの地では見つけることができず、附記には「イクハの地名が大和川流域の地に発見される望みは、将来に期さなければならぬ」とあった。

 一方、地元・田主丸で旧町時代に編まれた『田主丸町誌―ムラとムラびと』(1996)は「豪族名と地名が一致すること、朝鮮半島にもたびたび出兵していること、初期の月の岡古墳がほかの古墳と違って、畿内的要素が強いことなどから、的臣がこの地方に定着したものと考えられる」と、的氏が畿内から浮羽に移り、在地豪族化したとの見方を提示している。

 正直なところ、豪族名と地名の一致以外は根拠が薄い気がするが、的氏は6世紀半ばから末にかけて朝鮮支配に関して栄えたとされ、6世紀後半とされる田主丸大塚古墳の築造時期とは一致する。全長103㍍、後円部径60㍍の巨大古墳の被葬者として、最盛期の的氏は不足のない存在とは言えるだろう。町誌は大塚古墳の被葬者には言及していないが、的氏が在地豪族化していたと考えているのであれば、名指ししたのも同然だと思える。

 考えてみると、直木氏は的氏の本貫を河内地方だと主張しているだけで、近畿出身の豪族が後に古代浮羽に定着したとする田主丸町の考えと対立するわけでは全くない。現在の浮羽地方は、筑後川沿いの耳納山麓に、山林と農地が広がる土地で、度々半島に出兵したとされる氏族の本拠地としては似つかわしくないように思える。しかし、古代には有明海の水位が現在よりも高く、同海への玄関口に当たる浮羽地区は海上交通の要衝だったとも言われ、直木氏がもともとの本拠地と考える河内地方とは似た立地だったことになる。前言を簡単に翻してしまうが、的氏を田主丸大塚古墳の被葬者と考えるのは、案外魅力的かもしれない。

 田主丸町は2005年、合併によって現在は久留米市の一部となり、田主丸大塚古墳一帯は久留米市によって史跡公園として整備されている。現地説明板には「全国的に前方後円墳の規模縮小が進んでいく時期に、大型の前方後円墳がこの地に築かれたことは、当時の政治的環境や地域性を検討するうえで重要な意味を持つと考えられます」と書かれている。考古学関係でよく見る思わせぶりな文章で、重要な意味とやらをきちんと説明してほしいものだ。
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