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半世紀前、ブルーギルを自ら放流した福岡県

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 ちょうど半世紀前の新聞を読んでいて、興味深い記事を見つけた。1969年1月12日の読売新聞福岡県版の記事なのだが、その見出しを紹介すると、「太公望にうれしいプラン」「ブルーギル(北米産淡水魚)を放流」「県がワカサギに代えて」。見出しだけで記事の中身が概ね分かるが、福岡県水産課が1969年度から、県内のダムや河川にブルーギルを放流することを計画し、稚魚を購入するため70万円の予算を組んだという内容だ。実際に放流したかどうかは確認できなかったが、役所が予算化までしていたのだから、実行したと考えて間違いないだろう。ブルーギルの繁殖に、県が率先して手を貸していたのだ。

 もっとも、ブルーギルを巡る当時の情勢が現在とはあまりに異なりすぎ、現在の感覚で県を非難しては、少しかわいそうかもしれない。1960年、国内に初めてブルーギルを持ち帰ったのは当時皇太子だった現在の上皇陛下で、ご訪米の際、シカゴ市長からブルーギルを贈られ、帰国後、水産庁に寄贈されたのだ。こういった経緯もあって、ブルーギルは当時、「プリンスの魚」などともてはやされ、新たな食用魚として期待を集めていたという。ブルーギルが各地で繁殖し、問題となっている現状に、陛下は2007年11月、琵琶湖畔で開かれた「全国豊かな海づくり大会」でお言葉を述べられた際、「今、このような結果となったことに心を痛めています」と心情を吐露されている。

 話を福岡県の放流計画に戻すと、1969年当時の県内では、水産庁から宮崎県水産試験場を経てもたらされたブルーギルが、大木町の養魚場で養殖されており、ここから稚魚を買い入れる段取りだった。県はそれまで、長野・諏訪湖産のワカサギを買い、写真の南畑ダム(那珂川市)、力丸ダム(宮若市)などに放流していたが、これに代わりブルーギルを両ダムのほか、筑後川、那珂川などの河川にも放流する方針だったという。記事の最後はこう結ばれている。
 
 「ブルーギルはテンプラにするとおいしく、吸い物にもなる。それに太公望にとってはからだが小さい割りに引きが強いとあって釣りのだいご味が味わえそう。釣り客の間で好人気となれば、同課では公募して日本名をつける」。

 ブルーギルの駆除に躍起になっている現在からみると、まるで笑い話のような記事だが、繰り返すが、「プリンスの魚」がもてはやされていた時代の話。伊豆の一碧湖などはブルーギル釣りの名所として売り出しを図っていたほどだ。それにしてもブルーギルの日本名を福岡県で勝手に付けようと考えていたなど、ちょっと傲慢すぎると思う。

 この福岡県による半世紀前のブルーギル放流計画は現在、どのように位置づけられているのだろうか。県がまとめた『福岡県侵略的外来種リスト2018』には、ブルーギルの県内侵入の経緯について、以下のように記されている。
 「食用目的として1966年に静岡県一碧湖に放流された。県内での正確な定着年は不明であるが、1980年代から記録がある」。
 放流の記録が残っていなかっただけかもしれないが、それとも、なかったことにしたいのだろうか。

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