白昼暴れる北崎の幽霊

2020年05月06日
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歴史雑記
 福岡市西区北崎にちょっと変わった幽霊話が伝わっている。戦前に出版された『伝説の糸島』(鷹野斜風、糸島新聞社、1933)で読み、笑ってしまった。恨みを抱えて死んだ老婆が凶悪な幽霊となり、住民らに復讐する話。こう書くと、笑える要素はないようだが、老婆の幽霊が出てくるのは、なぜか白昼で、しかも復讐と言っても誰かを取り殺すわけではなく、ひたすら大暴れするだけなのだ。(北崎は1961年に福岡市に編入されるまでは、糸島郡北崎村だった)

 老婆は生前、邪険な性格で家人にも嫌われ、病に倒れた時も親身には看病してもらえないまま息を引き取った(餓死させられたという説もあるらしく、この話ではここが一番怖い)。家人や近隣住民は悲しむどころか、かえって喜んだが、成仏できなかった老婆は化けて出て、家人や住民を苦しめ始めた。『伝説の糸島』には、幽霊の暴れっぷりが以下のように記されている。

 此の婆は奇抜にも臨終其の儘少しも幽霊化せぬ物凄い形相で、少し日下りの白昼から「恨めしや」もいはず、両手を下げずに現はれて、阿修羅王の荒るゝが如しと形容されるやうに乱暴を働き手当たり次第に投打をする、人を追捲くる、夫れは夫れは非常の狂態を演ずるので、家人が泣叫んで逃げ匿くれると、幽霊は家から飛出して近隣の家に乱入して狼藉を極むると云ふ一寸一風変わった幽霊であった。

 「阿修羅王の荒るゝが如し」というのが一番笑ったところで、一寸一風どころか、相当変わった幽霊だ。どう考えても生きた人間の行動としか思えない。ひょっとしたら、この話は本当は、姥捨てに遭いながら生き延びた老婆による復讐譚で、真相を隠すために幽霊話にアレンジされたのではないかと疑ったほどだ。

 それはともかく、本筋に戻ると、困り果てた住民たちは大がかりな施餓鬼を行い、老婆に成仏してもらおうとした。だが、幽霊は、多数の僧侶が読経している最中に「憤怒の形相」で乱入し、例によって大暴れ、僧侶たちは腰を抜かしてしまったという。話が面白いのはここまでで、消化不良の結末を迎える。

 住民たちは最後の策として某高僧に怨霊退散を依頼、この高僧が「或る法力」を持って老婆を八万地獄のどん底に落とし、さすがの老婆もその後は姿を現さなかったというのだ。高僧が何をしたかは具体的には何も書かれていないが、「一ツ愚衲(わし)が懲して遣ろう」と請け合ったり、悲惨な死に方をした老婆を成仏させるでもなく地獄に叩き落としたりと、あまり高僧らしからぬ言動が印象的だ。

 この話がいつの時代のものかは不明だが、冒頭には「古老の話に依ると、餘り古い事ではないらしいが」とある。『伝説の糸島』の出版年(1933年)を考えれば、例えば、幕末や明治初期など、意外に新しい時代に生まれた可能性もある。著者の鷹野斜風についてだが、巻頭言に、「十数年前から家業の閑を偸んで、木思石語の伝説地を行脚し、禿筆を呵して拙文を綴り、其れを糸島新聞に発表したるもの数十篇」とあったので、自営業の傍ら郷土史家として活動した人物だろうかと考えたが、インターネット上の情報によると、糸島新聞の主筆だった。
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