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消えゆくランドマーク、西日本シティ銀行本店

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 解体前に写真を残しておかなければ、と思いながら、つい後回しにしていた西日本シティ銀行本店ビルの写真をようやく撮影してきた。1971年に旧福岡相互銀行の本店として建設された建物で、設計は、世界的にも著名な建築家、磯崎新氏。博多駅前のランドマーク的存在だったが、建て替えにより姿を消すことになった。西日本シティ銀のニュースリリースには、6月から解体開始とあったので、「機会を逃したかもしれない」と一抹の不安を持って現地に向かったが、幸い7月3日の時点ではまだ健在だった。ただし、準備作業は始まっているらしく、近く解体工事が本格化するのは間違いない。

 本店は地下2階、地上12階建て、延べ面積は約2万6000平方㍍。外壁には赤茶色のインド砂岩が貼り付けられ、個性的な外観をつくり出していた。老朽化に加え、容積率を緩和することで古いビルの刷新を促す福岡市の政策を受け、西日本シティ銀は建て替えを決めたと報道されている。新本店は2年後の2022年7月着工、25年完成を予定しているという。

 冒頭、磯崎新氏のことを世界的にも著名な建築家と書いたが、本店が完成した1971年当時はまだ、新進気鋭の時代。当時、福岡相互銀のトップだった四島司氏が磯崎氏を高く買い、磯崎氏の出身地・大分市の大分支店を手始めに、本店のほか、複数の支店の設計を任せたといわれる。福岡市内には以前、特徴的な外観の支店が複数あったが、いつの間にか全て取り壊され、南区の長住支店は外観だけは赤茶色ながら、特に個性を感じない建物に切り替わり、中央区の六本松支店や大名支店は今では何の変哲もないオフィスビルに入居している。唯一現存する磯崎作品である本店も間もなく消え去っていく。

 福岡県内では近年、大牟田市庁舎(1936年完成)、北九州市の旧八幡市民会館(八幡育ちの建築家村野藤吾の設計で、1958年完成)の取り壊しを行政側が決めたのに対し、保存を求める広範な市民運動が巻き起こり、旧八幡市民会館については、ついには取り壊しを撤回させた。西日本シティ銀本店の取り壊しに対しては、建築家やデザイナーらからは批判的な声が上がっているようだが、私が把握している限りでは、市民運動等は起きていない。公共施設ではなく私企業の建物であるため、部外者が保存を言い出しにくい、という事情だろうが、古いものを簡単に捨て去り、新しいものに切り替えていく福岡市の特性も影響していると思う。何より今回の建て替え自体が、福岡市の誘導によるものだ。

 近現代を専門とする著名な歴史研究者でもある有馬学・福岡市博物館長(九大名誉教授)が数年前、ブログで、福岡市のこういったあり方を「上書き都市」と呼び、福岡市発展の原動力ともなったと論じたことがあった。あくまでも個人的感想だが、これ以降、福岡市の特性を肯定的にとらえる人が心なしか多くなった気がする。私自身も有馬館長に洗脳されてしまったところがある。私企業の建物ではなく、仮に公共的な建物(例えば、1929年完成の旧大名小学校校舎や、1934年完成のかんぽ生命福岡サービスセンターなど)の取り壊しが決まった場合、北九州市や大牟田市のような保存運動が、果たして福岡市では起き得るだろうか。
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