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もう一度行った大師堂

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 もう一度、丸山観音堂(印西市草深)へ行った。図書館で調べていると、丸山観音堂の横に大師堂があり、89体の大師像が奉っているらしい。「あれが大師堂だったか」。歩いてそこに向かった。

 石段を上がってみると、大師堂はあった。カギがかかっている。のぞいてみると、大師像は整然と並んでいた。3段あり、約15センチはあっただろうか。大師堂の中は薄暗いままだったが、スマホのレンズはすぐれものだった。

 1860年代、備後国御調郡(現在の広島県尾道市向島町)出身の旅の僧、亮観の信仰心に村人が感銘、寄進した。文久2、3年(1862、63年)の年号と村人の寄進名が刻まれている。四国・八十八か所の霊場を模したもので、すべての霊場が一か所にあるのは珍しい光景だ

 明治のはじめ、草深には村の若者たちが「もらい正月」と言って、あぜ道に大師像が並べ、休みを要求するという逸話があった。若者たちが要求が通ったという。(『印西名所図会』印西町町史編さん室、1993)


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