旧聞since2009

行基が建てた?松虫寺

 千葉県印西市松虫の松虫寺に行って来た。松虫寺は745年(天平17年)創建。日本の僧、行基が立てたと言われる。 松虫寺の謂れは、聖武天皇の皇女松虫姫が不治の病にかかり、東国に行って祈れば、願いは叶うと言い伝えによる。行基はお付きとして従い、寺を建立した。聖武天皇は松虫寺と名付けさせたという。 「不治の病」が何なのか。『印旛郡誌』によると、「癩を病みてここに棄てらる。自らかなしみ此薬師仏を祈りて癒事を得...

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印西市にあった宗像神社

 千葉県印西市を歩き回っていると、宗像方面に向かうバスに巡り合う。まさか福岡県宗像市や宗像大社に関連はないだろうと思い、ネット検索で「印西市 宗像」を調べてみた。山ほど出てきた。宗像大社に関連がある。最寄りの印西市船尾に宗像神社があったので、行って来た。 周囲を見ていると、鳥居はない。「鳥居を建てると洪水になる」との言い伝えによるものだった。こじんまりとした神社だったが、にもかかわらず境内社の3社...

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ZOZOマリンスタジアムで観戦

 野球ではソフトバンクホークスを応援している。5月7日、ロッテ対ソフトバンク戦に千葉市美浜区のZOZOマリンスタジアムに行って来た。長男のお陰で畳敷きの「お座敷ボールパーク」で観戦した。PayPayドーム(福岡市中央区)ではあまり見ない。   家族が用意した弁当は、ZOZOマリンスタジアム弁当(1100円)、荻野貴司選手の勝飯(同)、佐々木朗希投手のサンマ弁当(1300円)の中から勝飯を選んだ。トンカツがトッピングされ...

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巨木、吉高の大桜

 4月9日、印西市の「吉高の大桜」を見てきた。臨時駐車場から30分歩いただろうか。田園地帯を通ると、巨木があった。 吉高の大桜は、ヤマザクラ。樹齢300年と言われる。木の高さは10メートル以上、幹回り7メートル、枝葉は25メートルに及ぶ。1981年に市(印旛村→印西市)の天然記念物に指定されている。 市などではなく、農家の個人所有で、根元には氏神様が祭られている。かつては同じ規模のサクラが3本あったという。草餅...

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印西市の無蓋掩体壕

 千葉県印西市の無蓋掩体壕に行ってきた。戦時中、米軍の爆撃から飛行機を守る構造物で、1941~45年、印旛飛行場(逓信省航空局の印旛地方航空機乗員養成所、1944年頃から陸軍飛行隊23連隊によって首都防衛を果たした)の滑走路脇から見つかった。高さ約3㍍、幅約20㍍。小型の飛行機ならば、格納できる。上部は木で覆ったのだろう。 関東に引越した。コメントありがとうございます。...

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室見川河口のオイルフェンス

 福岡市の室見川河口のオイルフェンスが設置されている。先月28日、パナマ船籍の貨物船「レディーローズマリー」が博多湾防波堤に衝突して乗り上げた。流失した油が漂っており、オイルフェンスは予防のためだろう。 昨年8月、脳梗塞で倒れた。右半身の麻痺のため、ここまで書き上げるのに2時間。コメントありがとうございます。ご容赦ください。...

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舞鶴公園の5号堀にまたも異変

 福岡市中央区の舞鶴公園5号堀で、水草が異常に繁茂し、水面を覆い尽くしている。しかも、この水草が枯れ始めていることから堀全体が茶色で、とても水堀には見えない状態だ。この堀は秋から冬にかけては、アカウキクサに埋め尽くされて真っ赤に染まる。3年前の8月には、アオコの発生が原因で、450匹あまりのコイやフナが酸欠死したこともあった。これ以来、5号堀からは魚の姿が消えた。福岡城址の舞鶴公園には、明治通りに沿...

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補習をさぼり人吉の図書館で過ごした高2の夏

 JR肥薩線(八代~隼人、124.2㌔)が、令和2年7月豪雨で二つの鉄橋が流出するなど大きな被害を受け、八代~吉松間86.8㌔が不通となっている。全線が非電化単線の典型的なローカル線だが、明治、大正時代の鉄道施設が数々残り、近代化遺産、産業遺産とも呼ぶべき路線でもある。一方で、過疎化により、平均通過人員(1㌔当たりの1日平均利用客)はJR九州の全路線の中でワースト、年間の赤字額は全線で12億円近くにも上っていた...

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インカ・ショニバレの『桜を放つ女性』

 1年ぶりに福岡市美術館内をぶらぶらしたところ、私には理解しがたい現代美術が並ぶ一角に、ずいぶん派手な作品が展示され、異彩を放っていた。色鮮やかなドレスをまとった女性がライフル銃を撃つ場面を表現したものだが、銃口から飛び出しているのは満開の花を咲かせた桜の枝で、女性の頭部は地球儀になっている。インカ・ショニバレさんという英国の現代美術家の作品で、タイトルは『桜を放つ女性』だ。 昨年春、国内初となる...

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ベスト電器西新店、8月末で閉店へ

 福岡市早良区西新4丁目にあるベスト電器西新店が8月末で閉店することになり、現在、完全閉店セールが行われている。「完全閉店」とわざわざ銘打っているぐらいだから、建て替えではなく、この場所から撤退するのだろう。プリンターのインクや電球、メモリーカードなど、急ぎで必要な品を買うのにかなり重宝していた店だった。型落ちの家電が結構な安値で売られている時もあり、単身赴任準備のために掃除機や冷蔵庫などを買った...

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貝塚公園のSL9600形、今年で満100歳

 福岡市東区の貝塚公園で、SL9600形の49627号機が保存、展示されている。「キューロク」の愛称で親しまれた大正時代の主力機関車で、49627号機は1920年(大正9年)に製造されたというから、今年で満100歳になる。現役時代は筑豊地区で石炭列車を牽引するなど活躍、68年に廃車となると同時に、貝塚公園で余生を送ることになった。それから半世紀以上がたった今も、堂々たる姿をとどめてはいるが、塗料はあちこちはげた状態だ。 ...

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大濠花火大会復活の可能性は

 先日、久しぶりに福岡市中央区の大濠公園に行き、観月橋などの写真を撮ってきた。今月初めに取り上げた名島橋と名島川橋梁について調べた際、大濠公園にある5基の橋のうち、4基は昭和初期の1927年完成で、福岡市内では有数の古い橋だと知って急に興味を覚えたのだ。 5基の橋とは、池の中央にある中島に架かる全長106㍍の観月橋(写真1、2枚目)など4橋と、黒門川に架かる同22㍍の舞鶴橋(写真3枚目)で、中島に架かる4橋...

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「洪水との共生」など世迷いごとでは

 幼児の頃の私は、近隣では「変な子供」として有名だったらしい。高校生ぐらいの時、親族が爆笑しながら教えてくれた。変だと思われた理由は、毎日、ヘルメットを帽子代わりにかぶって遊び回っていたからで、その頃の写真を1枚だけ持っているが、確かに変だ。このヘルメットは、当時人気だった特撮番組『忍者部隊月光』(1964~66年の放映)のキャラクター商品で、番組の大ファンだった私に、若い叔父が買ってくれたものだ。写真...

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消えゆくランドマーク、西日本シティ銀行本店

 解体前に写真を残しておかなければ、と思いながら、つい後回しにしていた西日本シティ銀行本店ビルの写真をようやく撮影してきた。1971年に旧福岡相互銀行の本店として建設された建物で、設計は、世界的にも著名な建築家、磯崎新氏。博多駅前のランドマーク的存在だったが、建て替えにより姿を消すことになった。西日本シティ銀のニュースリリースには、6月から解体開始とあったので、「機会を逃したかもしれない」と一抹の不安...

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コロナ禍で延期、山笠のない博多の夏

 例年ならば博多の旧市街をはじめとする福岡市内の各所に飾り山笠がお目見えし、間もなく舁き山笠も動き始める季節になった。しかし、今年は新型コロナ禍で博多祇園山笠の開催自体が延期となり、当然ではあるが、博多の街にはあるべき活気が感じられない。唯一、櫛田神社の飾り山笠だけが新たに制作され、7月1日にお披露目されたが、標題は、表が「清正公虎退治誉」、見送り(裏)が「桃太郎鬼退治誉」。どちらも「退治」なのは...

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名島橋と名島川橋梁、長大アーチの競演

 福岡市東区の多々良川河口に架かる名島橋の写真を撮影してきた。九州の大動脈、国道3号線の橋でもあり、車で渡ったことは数限りなくあるが、徒歩で渡ったのは多分初めてではないかと思う。1933年(昭和8年)に完成した7連アーチの鉄筋コンクリート橋で、一昨年には国の登録文化財にもなっている。長さ約204㍍、幅は約24㍍。車道は片側3車線で、両側には広い歩道もある。昭和初期に完成した橋としては破格のサイズだ。この橋...

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宇佐神宮で余生を送る『しあわせなクラウス』

 以前、大分県宇佐市の宇佐神宮に参拝した際、参道脇にSLが展示されていたので、写真に収めてきた。「神社になぜ、SLが?」と一瞬不思議に思ったが、傍らにあった説明パネルを読み、これが名高い『しあわせなクラウス』だとようやく気付いた。「クラウス号」こと26号蒸気機関車(以下、26号)は、明治時代の九州の鉄道草創期を駆け抜けた車両の唯一の生き残りで、今でも非常に大事にされていることが、漆黒に輝く車体を見るだけで...

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